■サイト内検索:
RPA.biz
RPA Biz > シンギュラリティ

人工知能に心は存在するのか

2018.10.09

目次

 

 

 

 

ここ何年かで、人工知能に関する研究は飛躍的に注目し始められています。

 

それは、2000年代になって、第三次AIブームと呼ばれるものが到来したからでしょう。

2005年にアメリカの未来学者である、

レイ・カーツワイルがシンギュラリティ(技術的特異点)という概念を発表し、

翌年の2006年にディープラーニングという概念が提案されてからというもの、

今現在も様々な研究が続いています。

 

 

今後、この人工知能はRPAなどの技術と組み合わされることで

飛躍的に我々の生活を豊かにしてくれることでしょう。

 

 

しかし、その中で我々人間はどのようにそれらロボットと接していくのがいいのでしょうか。

 

今回のコラムでは、今後我々がどのようにそのAI達と接していくべきなのかについて考えていきたいと思います。

 

 

■「強い人工知能」と「弱い人工知能」

 

そもそも、人工知能には

強い人工知能(Strong AI)」と「弱い人工知能(Weak AI)

という二つの分類があります。

 

この言葉は、アメリカの哲学者であるジョン・サールが

「心・脳・プログラム」(原文はこちらから)という論文の中で使った言葉です。(*1)

 

[和訳]

 弱いAIの研究の立場で、心の研究でのコンピュータの主要な価値は、我々に非常に強力なツールを与えるということです

(中略)

しかし、強いAIの研究の立場では、コンピュータは単に心の研究のツールではありません。むしろ、適切にプログラムされたコンピュータは真の心そのものなのです。

 

サールは「強い人工知能」と「弱い人工知能」を研究者の立場から見て分類しています。

 

つまり、「弱い人工知能」は人間のツール(道具)に過ぎないのに対して、

強い人工知能」は道具ではなくて、もう心以外の何物でもない、ということです。

 

 

 

弱い人工知能」は特化型人工知能(Narrow AI)とも呼ばれており、

現在、開発されて、世間のみなさんが見たり使用したりしているのはこちらの方です。

 

特化型という言葉からもわかるように、

ある特定の分野については突出した力を発揮するような人工知能のことを指します。

 

 

例えば、最近プロの囲碁棋士にハンディキャップなしに勝利したと話題になった、

AlphaGo(アルファ碁)や、これまた世界中で注目されている自動運転や、

その自動運転に使用されている画像認識なども「弱い人工知能」の一つです。

 

 

 

それに比べて、「強い人工知能」は

汎用型人工知能(Artificial General Intelligence : AGI)と呼ばれています。

 

これもその名の通り、汎用的な使い方ができる人工知能のことで、

様々な分野において力を発揮する人工知能のことを指します。

 

現在のこの世界では、「強い人工知能」はまだ実現できていません。

 

想像上のものとしては、ドラえもんやR2-D2などが存在します。

 

これらは人間の道具という域を超えて心を持つものとして存在するでしょう。

 

 

 

これを提唱したサールは、人間は「弱い人工知能」を重要視するべきであると主張しています。

人工知能という機械は人間の単なる道具という範囲を超えるべきものではなく、

心を持つことはその範囲を超えてしまうからだと考えられます。

 

 

 

ここで現代の我々が考えないといけないことは、これらが心を持つかどうかということなのですが、

その際に重要になってくるのは、人工知能が考えることができるのかどうかということでしょう。

 

 

なぜなら、心を持つということは何かを考えて判断を下しているとも言えるからです。

 

もしも、何も考えずに判断しているとしたら心を持っているとは言い難いでしょう。

 

ですので、ここからは人工知能が考えることができるかどうか考察していきます。 

 

 

 

■人工知能は考えることができるのか

 

ディープラーニングにおいては、大量のデータを人工知能に喰わせて新しいデータの判断をします。

 

つまり、人工知能はあるインプットに対して今までの「経験」を通して

アウトプットをすると言えるでしょう。

 

 

これは人間と似ているような気がします。

 

 

人間もそれまでの人生の「経験」を通して自分の人生観や心の芯を決めていきます。

 

ある出来事が起こったとき(インプット)に、

自分の今までの「経験」というフィルターを通して物事を判断して行動を起こします(アウトプット)。

 

どちらも、

 

インプット→経験の蓄積→アウトプット

 

のようなフローをしているのが分かると思います。

 

 

このような面から見れば、そこまで人と人工知能に差はあまりないように思います。

 

 

 

しかし、人工知能にはインプットの際に言葉の意味を理解していないではないか

という反論が予想されます。

 

意味を理解出来ていないのだから考えているとは言えないのではないか、

という意見はとても真っ当のように思います。

 

では、実際に人工知能が意味を理解しているのかについて考えていきます。

 

 

 

■人工知能は意味を理解しているのか

 

人工知能が意味を理解しているかどうか見ていくために、

ここで例に出したいのは、

先ほども出てきたジョン・サールがおこなった思考実験の「中国の部屋」というものです。(*2)

 

ある小部屋の中に、アルファベットしか理解できない人を閉じこめておく(例えば英国人)。この小部屋には外部と紙きれのやりとりをするための小さい穴がひとつ空いており、この穴を通して英国人に1枚の紙きれが差し入れられる。そこには彼が見たこともない中国語が並んでいる。

どういう記号の列に、どういう記号を付け加えればいいのか、それは部屋の中にある1冊のマニュアルの中に全て書かれている。

彼は以下の作業をただひたすら繰り返す。

外から記号の羅列された紙きれを受け取り、それに新たな記号を付け加えて外に返す。

すると、部屋の外にいる人間は「この小部屋の中には中国語を理解している人がいる」と考える。

しかしながら、小部屋の中には英国人がいるだけである。彼は全く漢字が読めず、作業の意味を全く理解しないまま、ただマニュアルどおりの作業を繰り返しているだけである。

それでも部屋の外部から見ると、中国語による対話が成立している。

 

この実験でサールが言いたかったのは、実際の人工知能は言葉の本質、

つまり意味を理解しているのではなくて、マニュアル通りに作業をしているだけだということなのです。

 

だから「人工知能は規則に従っているだけで思考しているわけではない。」と主張しているのです。

 

面白い思考実験ではありますが、

このサールの主張に対してはいくつかの欠陥があって、様々な反駁があります。

 

 

しかしここでは少し違う視点から見ていきたいと思います。

 

それは、この英国人(暗にロボットを指しています)が意味を理解しているかどうかにかかわらず、

実際に会話は成立しているという点です。

 

実際に現代でも、人工知能と会話を成立させること自体は可能になってきていますし、

それ以外にも囲碁で有利な場所に碁石を打ったり、顔認証で特定の人物を取り出せたり、

 

人間とロボットの間には情報のやり取りが成立しているのです。

 

 

意味を理解するという点では不十分なところもあるかもしれませんが、

行為自体は行えているということを考えると、

 

意味を理解するということがどこまで重要なことなのか少し疑問が残ります。

 

 

 

 ここで一つ考えてみましょう。

 

日本語には、メタコミュニケーションと呼ばれるものがあります。

言葉をそのままの意味で理解するとおかしなことになるという不思議なものです。

 

例を考えると分かりやすいと思います。

 

「いったい何時だと思っているんだ!」をそのままの意味で受け取って、

「〇時です。」のように答える人はいないでしょう。

 

このような言葉をメタコミュニケーションと言います。

 

メタコミュニケーションは言葉通りの意味で受け取ってしまうとおかしなことになるのです。

 

 

さてここで、

このように、言葉から一線離れた外側のコミュニケーションを人工知能は理解できるのでしょうか。

このような言葉は意味を理解していないと会話が成立しないので人工知能には難しいことのように思えます。

 

 

しかし、これらの言葉もまた、状況や前後の言葉からの規則(マニュアル)に従っているのではないでしょうか。

 

通りがかる初対面の人にこの言葉を言われても意味が分からないと思いますが、

待ち合わせをしている友達から発せられた言葉ならば納得がいくでしょう。

 

うまく状況を規則に当てはめて処理しないといけませんが、

これをロボットに覚えさせることで、会話することが可能になる気がします。

 

ここでもまた、

実際は意味を完全に理解していなくても言葉として会話は成立しているのです。

 

 行為に主体を置いたときには、しっかりとロボットにもアウトプットがおこなえているように見えます。

このように、見方によっては成立しているように見えることもあるかもしれません。 

 

 

■人工知能に心はあるのか

 

現在の人工知能には我々人間と同様の心や考えが完全に同じようにある、

と言いきることは出来ませんが、

 

それは行為をなすうえで必要なことであるのかをもう一度見直す必要があるかもしれません。

 

そして、それは実は程度の差であって、ある・ないの二択では語りえないのではないでしょうか。

 

確かに現在の人工知能には人間と同様のことは行えないと思いますが、

人間のようにできないからそれはできないと決めつけてしまうのはとても危険な気がします。

 

 

 

もしかしたら、人工知能には人工知能の心が存在するのかもしれません。

 

 

 

■参考文献

 

*1 ) シンギュラリティ教徒への反駁

https://www.sbcr.jp/products/4797392616.html

 

*2 ) wikipwdia「中国の部屋」

https://ja.wikipedia.org/wiki/中国の部屋

 

*3 ) 「人工知能に哲学を教えたら」(SB Creative)

https://www.sbcr.jp/products/4797392616.html

 

 

 

 

topへ
© RPA.biz